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「勝者の組織改革」 二宮 清純 [本・マンガ]

 「今一番有名なスポーツジャーナリスト」と言えば、二宮氏ではないだろうか。

 スポーツを「観る」よき観客になるためには、選手やチームを盲目的にはやし立てればよいのではなく、その背景や、いかにして「勝つための」戦略を立てているのかを知ることが必要だと思う。漫然とショーアップされた映像を、一緒になって騒いで見ていればよいわけではないだろう。

 二宮氏は、スポーツにおいて日本人が「敗者の美学」にあまりにも無批判で、そこに同情する構図が放置されていること、そして、それが日本の様々なスポーツ界が変革を迫られながら実際にはなにもしないことに繋がっている構図を指摘している。

 確かに、結局、あれだけもてはやした2006年の「サムライブルー」たちが一体何だったのか、結局監督を批判し、あおり立てたマスコミが悪いのだと開き直り、そして、「夢をありがとう」と意味のわからない言葉で幕を引いてしまう安易さは非常に安直で、およそスポーツを愛している人間がする行動ではないだろう。

 特に相撲とプロ野球の凋落ぶりは、どちらにもさして興味がない私でも実感するところである。

 ついこの間まで、どちらも会場はいつも満員だった。そして、今でも全ての試合結果がかならず当日中にテレビで流され、報道されつづけている。

 しかし、気がつけばオールスターに出場する野球選手の名前のほとんどが聴いたことのない選手になり、幕内力士の名前も、せいぜい4から5人程度しかわからなくなってしまった。
 
 二宮氏は、「改革の必要性」を散々指摘しながら、実際は何もしない「不作為の病」が日本スポーツ界にはびこる原因の一つが「勝者」よりも「敗者」に同情をよせる日本人特有の意識は、敗者を敗者のまま温存してしまうことに繋がるという。

 スポーツは、「楽しむため」のものなのだろうか。

 「楽しむ」過程に「相手に勝利すること」はルールの中で相手に「勝利すること」を目的にしないで成り立つものなのだろうか。

 「勝つこと」抜きに成立しないスポーツなのに、負けても「努力しているのだから」、と安直な感動をあおり立てる背景が、日本のスポーツが「体育」であることにあるのか、と読み進んでいくうちに感じた。

 何もしないことも、凋落傾向に歯止めを掛けるためにすることも、およそ「改革」とは言えないだろう。改革とは勝利のために行うものであり、何に対して「勝利する」のかを見失った「改革」ほど空虚なこともないと思う。

 二宮氏はジャーナリストである。

 本書は、迷走する組織を外側から眺める「知性のある受け手」からの提言なのかもしれない。

 勝つためになにをすべきか、ではなく、どうして勝たなければならないのか、から組織改革は始めなければならないように思った。

勝者の組織改革

勝者の組織改革


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